2013年07月17日

世界史トリビア4

■お前ら知らないと思うけど 古代ギリシャは男同士で普通にヤるからな
別にゲイとかじゃなく男とも女とも普通にヤる
師匠に弟子が指導のお礼にパックンチョ。
これが当たり前つうか礼儀の世界だからな
服も基本的に全裸にマントのみだし
本当にそんな世界に行きたいか?
俺は行きたい

>>それが普通なら嬉しくも嫌でもないだろな
セックスのありがたみすらない中で、古代ギリシア人は何の為に生きていたのだろうか

>>思想や哲学が発達する訳だ

■モーゼは移民先の原住民を家畜にいたるまで皆殺しにした。

■インカ皇帝はポップコーンを食べてた。

■フランス革命のときのフランス人の所得は ヨーロッパの中でもっとも高い国の一つだった。
つまりフランスは世界一裕福な国の一つだったのだ。
貧しいから革命がおこるのではない、裕福だから革命がおこるという好例。

■一千年間のビザンツ帝国の皇帝の半数近くは 反乱や陰謀で帝位を追われている。

■ナポレオン三世の髭はセットにすごく時間がかかってた

>>榎本武揚もだな

■日露戦争の際、戦線膠着状態のまま両軍ドンパチ
痺れを切らした兵隊が数人飛び出していって打たれて戦死 というようなことをやっていたが
凄いのはちゃんと「休戦」っていうのがあって、その最中は両軍全く一発も撃たず戦死者や負傷者の収容をし
また一緒に仲良く記念写真撮ったり、身振り手振りで雑談談笑したり
で、時間が来たらまたそれぞれの陣地に帰って果てなくドンパチ
夜には勇敢な兵隊が酒や嗜好品を持って敵陣地に行って、向こうの煙草やワインと交換したり 中には一緒に宴会までやった部隊まであったとか

>>敵を悪と見なすのは アメリカがWW1の時に戦争に参加するための世論作りからはじまった・・・

■WWUのアメリカ軍はコカ・コーラを輸送するためだけの部隊が存在した

■ドイツのポーランド侵攻でなすすべもなく降伏したように思われているが 実は結構善戦している

>>「騎兵来る」の報で退却しかけた独機甲部隊もあり グテーリアンを唖然とさせた、というエピソードがあるね
ポーランド空軍も対独・対ソとも結構活躍している
また義勇空軍のエース、ウルバノヴィッチュ少佐は一時的にAVGに参加
南昌の日本陸軍85戦隊と交戦、撃墜もしてもいる

>>ポーランド騎兵の名をヨーロッパ中に轟かせたのは 17世紀にオスマン・トルコ軍を破ったことに始まる
戦勝を記念し馬具のあぶみの形をしたパンを作った、これがベーグル
後にポーランド移民がニューヨークなどの都市で製造、一般化し
今日、日本でもよく食べられるようになった

■ルイ14世は即位してから二度しか風呂に入っていない

>>しかも風呂嫌いなくせにパンツはまめにかえてた

■エリザベス1世は綺麗好きなことで有名で”月に一回も”お風呂に入っていた

■バスチーユ牢獄は政治犯収容施設と民衆に思われ フランス革命時に象徴的に襲撃されたが、
実際には政治犯はおらず 約7名(精神異常者、軽犯罪者、貴族のドラ息子)が収容されていただけだった

■ニコライU世   フサフサ  
レーニン     禿
スターリン    フサフサ 
フルシチョフ   見事な禿 
ブレジネフ    剛毛 
アンドロポフ   禿  
チェルネンコ   前任以上に影が薄いがフサフサ  
ゴルバチョフ   有名な禿頭  
エリツィン    フサフサ白髪
プーチン     若禿

>>そのツルフサの法則は 実はマレンコフを除外しているから成り立つのである。

■中世のヨーロッパの戦いでは、敵の騎士を捕虜にして国許の家族に身代金を要求するのが常だった。
なかには相手が要求してきた金額の低い(=名門の出と思われていない)ことに腹を立てた捕虜の騎士が 自ら身代金を吊り上げさせる事もあったという

■アテナの三大悲劇詩人、アイスキュロスの死に様はすごい。
空から降ってきた亀に頭を割られて死亡。
亀を岩にぶつけて食べる習性を持つヒゲワシが、アイスキュロスのハゲ頭を岩と間違えて亀を投下した。

■昔の戦争は見物人とか普通にいたみたいだな
中国だと、韋孝寛という名将(個人的には中国史最良の軍事指揮官に推すが)が 政府の有力貴族の反乱鎮圧の際に、見物人たちの数が多いことを利用して
見物人たちに攻撃 → 見物人たちを敵方に向かうように追い立てる → 敵がその対応で手間取った隙を突いて一挙に突撃、撃破
というはた迷惑な戦い方をしたりしている
見物も命がけだわ

■ナポレオンがアルプスを越えたとき 麓の村で食料やら登山道具やらを調達したんだけど その代金が支払われたのはミッテラン政権の時

■インドネシアのサマランという糞田舎の町に日本軍がやってきて、女子高の隣に駐屯した。
そしてそこから夕方過ぎになると駐屯地から
「あつーーー」
「あちゃちゃ」
「くおーー」
などと苦悶する男の声が聞こえてきた。

ある日勇気を振り絞った女子高生がこっそり見に行ったら、数個のドラム缶の下で火を起こして その中のお湯に苦悶の表情を表して浸ったり、それに並ぶ無数の全裸の男たち、、、
インドネシア人少女が初めて見るお風呂と男の裸だったそうです。
それを見て思わず声を上げてしまったインドネシア人少女に
「どうしました?」
「何かあったんですか??」
「ここは民間人立ち入り禁止ですよ。」
などと親切心で心配の言葉を話しながら押し寄せる無数の全裸の日本人たち。
その場でシクシク泣き始め、駆け付けた通訳官に、なぜここに来たのかを説明し、通訳官から「お風呂」という日本の文化を教えてもらったそうです。

■19世紀末から20世紀初頭、ヨーロッパで流行った絵葉書は 尻を出した貴婦人の絵や写真であった
と図書館の本に書いてあった

■マリーアントワネット
昔は「ずっと牢屋に入れられてたらお腹も痛くなるよね」ぐらいにしか思ってなかったけど 大人になってあの腹痛はもしかして生理痛いや不正出血でかつ痛みありなのか、と気づいて 今すぐ現代の生理用品と鎮痛剤と貼るカイロを持っていってあげたくなった

■ルイとアントワネットの初夜は衆人環視の元で行われたんだっけ?

>>初夜は知らないけど、出産は公開だよね。
間違いなく王妃から生まれた子で赤子取り替えを防ぐためと、フランス王は公然の物であって出産も私事ではなく公事ってことなんだろうけど。
ルイ14世は朝の放尿から公開だったらしいからな。
自分が出産してからは、公開出産では痛いとか喚けないじゃん!無理無理無理!と思う。

>>当時のフランスは王室は国民のものっていう考え方だったから 初夜も庶民に公開されてた。

>>ルイ16世とマリーの頃には初夜公開は形式化されてて 天蓋つきベッドのカーテン下ろしてまた上げて終了だったそうだよ。
ルイとマリーは2人並んで寝てた(座ってた)だけ。

■昔から子供の胎盤を食っている人も中国とかで居たらしい
また実際に若者の血を飲むと若返る
吸血人も昔から存在した

>> >実際に若者の血を飲むと若返る 吸血人も昔から存在した

中世ヨーロッパのマダムなんとかが有名だよね。
若い頃から美しい自分の容姿に自信を持っていたけど、年を取ることに恐怖を感じて、村の10代の娘を誘拐させて色んな道具で殺して、娘達の血をバスタブに入れて入浴とか色々やってた人。
当時は大量殺人は死刑だったのに、貴族だからという理由で死刑にならなかったのがなんとも。(塔に幽閉されたが)

>>エリザベート・バートリだね
600人の女を殺して血を浴びたらしいね
鉄の処女も作らせたとか

>>「鉄の処女」は、後世の創作の可能性が高い
噂通りの使い方ができないらしい

>>たしかにあれ人入れて蓋するのって難しそうだよね
棺桶みたいに横にして上から蓋するのならできそうだけど

>>エリザベートバートリーはオツムの病気で、発祥した原因は姑に虐められたから説をみたな

■ピョートル1世は手仕事が大好きで、船大工から椅子、食器、煙草入れ、花火作りなど、14種類の手仕事を習得していた。
また外科手術や抜歯も好きで、ちょくちょく家臣の歯を引っこ抜いていた。
身長2メートルを超す大男で生まれつき腕力が強いうえ、常に斧やハンマーを振るっていたため超怪力になり、銀の皿を手でくるくると筒状に丸めることができたという。

■春秋時代の衛の懿公は、鶴が異常に好きで、官位や俸禄まで与えていた。
狄が攻めてきた時には臣民に見放され、「鶴に追い払わせればいいでしょう」と言われた。

■変人哲学者として当時から有名だったディオゲネス
樽の中に住んだり公然の前でオ○ったり・・・。
しかし住民達からは暖かい目で見られていたらしく、悪い若者に樽を破壊されたときは皆でお金を出し合って新しい樽を買ってあげたらしい

■アレクサンダー大王が海賊に、「海を荒らすのはどういうつもりか」と問うた
海賊はすこしも臆するところなく、「陛下が全世界を荒らすのと同じです。ただ、私は小さい船でするので盗賊とよばれ、陛下は大艦隊でなさるので、皇帝とよばれるだけです」と答えたという

■イギリスの王ヘンリー4世が国民の贅沢をたしなめるため「派手な服装、アクセサリー着用禁止」の法令を出したが さっぱり効き目がなかったので、法令に一文つけ加えた。
「ただし、淫売婦とスリはおかまいなし」
たちまちその日から法令が守られるようになった。

■戦間期のソ連での事
ある男が無実の罪で裁判を受けていた
男は裁判官の前で自身が潔白と党への忠誠を訴え続けた
男の主張を聞いた裁判官はこう答えたという
「あなたが無実なことは分かっている。だがソヴィエトには労働力が必要なのだ」
男は有罪となった
課せられた刑は強制労働だった

■ゼロ戦のプロペラは実はアメリカの企業が特許を持っていた
そこで日本の航空機製造企業はその企業の特許料を支払って製造を行っていた。
その後の第二次大戦が始まって、その特許料の支払いが行えなくなり、支払いが中断した、
その後終戦、アメリカの企業はもう特許料の支払いは日本には無理だろうと考えて諦めていた
しかし戦後1年位たってから日本の企業から手紙が来て、そこに書いてあったのは戦争中に生産した そのプロペラを使って製造した航空機の数で その数は優に1万機を超えていた、
そして手紙にはこう書いてあった
これだけ生産したので特許料を請求してくださいと、
アメリカの企業は請求書を送った、
そこに書いてあった請求額はたったの1ドルだった

■ルネサンス時代の有名な画家ボッティチェリは「お前そんなふしだらな絵描いてると地獄に落ちるぞ」と 当時フィレンツェで実権を握っていた僧侶のサヴォナローラに脅され、びびって自分の作品の多くを焼き捨ててしまった。
そのため、彼の作品は同時代の他の芸術家と比べるとあまり残ってない。

世界史トリビア3
プラセンタ2

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2013年03月19日

忠臣蔵・赤穂浪士2

■オレあんまし忠臣蔵好きじゃない。

>>あんた日本人じゃないな

■史料からハッキリしているのは、浅野家が勅使供応の費用をケチったのは事実。
一緒に役目を果たした伊達家は1200両をかけていたのに、浅野家は700両で済ませようとした。
これではあれこれ至らぬ点を指摘されてもやむを得ないよな。
吉良上野介への付け届けについても、現在のコンサルタントとか顧問弁護士への報酬に近いものなんだから、出さないもしくはケチるのは明らかに礼を失している。
技術提供を受け終わったとたんに「もう来なくていいニダ。ライセンス料も払わないニダ」と 本田総一郎に手のひらを返した韓国人と同じ。

■赤穂藩は、同規模の他藩に比べて3倍も士分がいたからね
だから必死に増収と人減らしと出費の抑制を図っていたと。

■浅野がけちだったってのはどうも本当らしい。
家臣抱えすぎ、藩の規模の割に大石なんかに1500石も与えてるし、それで財政難だったとか。
戦国の夢を捨てきれなかった初代の祖父さんが分不相応に家臣を抱えすぎたのが悪くて、有る意味では孫も犠牲者でもあるけど。

■以前高家の礼式展とか言うのを見たが、刀の紐の結び目が数十種類あって 時、場所、状況によって結びかたが全部違う。
合理的マナーと言うより虚飾で過美で煩雑、これが延々と続く。
短慮ではあるが、キレる気持ちは分かる気がする。

■赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした時、前後の門前で、大石内蔵助・大石酒税が太鼓を叩いているシーンが映画等ではよく使われているが、近所迷惑や吉良側の追っ手に討ち入りを知らせる事になるので、実際の討ち入り時は見張りが見張っていた。

■大石が祇園で豪遊し遊女を抱いてたのと 妻子を離縁して実家に帰らせた後若い愛妾を侍らせていたのは事実

>>祇園じゃなくてもっと外れの方らしいぞ。っていうか各地に潜む浪士たちの代表と集まって会ったりした時の話だとか。
本当に豪遊してたら黙ってない筈の堀部安兵衛とか不破数右衛門とかの急進派が何も文句を言ってないとか。

■やられた方はたまらんな。
殿中で抜刀する基地外が君主で
逆恨みで押し込み強盗みたいにやってくるのが家臣

>>正確には浪士だしな
吉良義央公は地元じゃ名君だ
石高は少ないものの高家肝煎、赤穂なんかとは格が違う
江戸城内、しかも松の廊下で抜刀とかバカもいいとこだぜ
そもそも原因は浅野内匠頭が儀礼を吉良義央に教わるのに金を積まなかった事だろう
なんでそれくらいで斬りつけられて しまいには首取られるんだよ
赤穂浪士も三人一組で行動するあたりが卑怯なんだよ

■江戸城内は刃傷沙汰起こさなくて抜刀未遂でも三寸抜けば切腹だぞ
田沼の息子は其のせいで抜き身の暴漢あいてに鞘に入った刀で防戦して重傷

■浅野に切腹を命じたのは将軍徳川綱吉なんだがな。
吉良が浅野を切腹させたわけじゃない。

■そもそも吉良って京都でお仕事&高熱&大井川増水でこの年の指導殆どしてないのでは?
元禄バブルを気にせぬ浅野の予算を畠山大友が注意し忘れ、帰還した吉良が激怒。
浅野にバブルを考えろと注意したのが年寄り臭い嫌味説教に聞こえ、畠山らは何も言わず田村は問題ないのに何故俺だけとキレたのでは

■当時江戸の庶民は仇討ちを期待していたし
主君を切腹に追い込まれて仇討ちもできない赤穂浪士たちは嘲笑の的になっていたりもしていたからね
浪士たちは武士の名誉を守るため仇討ちせざるを得ない所まで追いつめられたとも言える

■浅野の切腹は幕府の、将軍のミスでもあるんだよ。
当時の将軍は施設饗応の成功に強い意欲を持っていたところに饗応役の刃傷騒ぎ。
老中連は「浅野乱心説」を疑い慎重な取り調べを提案したのだが、将軍の強い意向で切腹となった。
乱心による刃傷沙汰についてはもっと穏やかな判例があったんですよね。

殿様が乱心する可能性ついては浅野の家臣がよーく知ってる。
ところが幕府は切腹&取り潰し。
そりゃないぜ将軍様!再考してくれよ、というのが事の始まり。
再就職(お家再興)運動が迷走したうえでの吉良家討ち入り。
この説に拠れば吉良は純粋に被害者らしいぞ。

■被害者なのに、護ってもらうどころか、警戒の厳しい江戸城域内から、市街地に転居を命じられているという理不尽
ここなら討ちやすいだろ?と言わんばかりに
討ち入り成った大石たちが、もう思い残すこともないのに、泉岳寺の主君の墓前で腹を切らず、幕府(の指定した大名)に大人しく身柄を預けたのはこれが理由
幕府は討ち入りに暗黙の了解を与えているとしか思えない、きっと寛大な処分があるんだろう、と期待したわけだ
幕府はそんなに甘くなかったけどね
民衆の仇討ち願望を満たしつつ、秩序を乱す不逞分子を一掃する、という戦術だったのよな
その絵を描くために必要な絵具が、吉良の血だったっていうお話
吉良かわいそ過ぎ

■周りの侍「当然仕返しするんですよね^^」
江戸幕府「やるなよ、ぜったいに仇打ちなんかするなよ、絶対にだぞ」
お察しください

■昔、なんかの本で塩を巡る経済戦争の面に触れてたな
吉良の塩は真っ白で高値で取引されてたけど、赤穂の塩は赤くてダメ
その秘密を探るべく赤穂から間者(スパイ)が何人も送られるのだけど、その都度見つかって殺される、しかし漸く一人がその秘密を持ち帰ることが出来た
その製法により赤穂の塩も白くなり、吉良は利益が減ったため、快く思わない吉良が赤穂に嫌がらせをし続けた結果として刃傷沙汰になった、と
ちなみにその製法とは鉄釜でなく石釜で煮詰める、というもの

■実際はほとんどの家臣は他の仕官先を見つけていた。
反抗にいたったのは実は身分の低い下級武士が中心で 彼らは自分たちの処遇に不満を持ったために その恨みの矛先を吉良にぶつけただけではないか、というのが本音じゃないかといわれてる。
ただの逆恨みを大衆が持ち上げ勝手に美談にしただけ。

■赤穂浪士のドラマや映画を見て疑問に思うのだが
南部坂雪の別れのシーンや 父上野乃介の難儀を救おうと吉良邸に駆けつけようとしたが家老に止められ苦悩する上杉家の城主とか 一体誰が見てたんだよって思うんだが

■堀部安兵衛が高田馬場の仇討ちの時に帯を切られて前をはだけたみっともない格好で斬り合いをした。という戦訓から47士は鎖を締めておりましたとさ。

忠臣蔵・赤穂浪士
台湾人と韓国人の民族性の違い

posted by 現実主義 at 12:00| 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月19日

歴史上最大のミステリー

「歴史上最大のミステリー」
兵士1人が日本刀1本で100人以上斬り殺せるほどの戦闘能力と有り余る予備の日本刀を持ち、
銃剣と単発銃のみで80万人以上殺すなど、原爆以上の破壊力を持つ携行兵器を誇り
各植民地で無駄に現地人を殺してまわるほど武器弾薬が余っていて
中国で320万人もの現地労働者を動員し、そのうち100万人が死に、機密保持の為に1万人を生き埋めにするほどの労働条件でも反乱を起こさせないほどの統率能力を使って、
国境地帯に計19ヶ所、4700kmにおよぶ要塞および1700kmもの地下要塞を作り、
さらにこの超巨大要塞を60年間に渡って秘匿しつづける程、情報管理が徹底していて
沖縄で米軍上陸後も市民に玉砕命令が出せるほど命令系統がしっかりしていて
何百万人を殺しておきながら、戦後半世紀以上も、殺害時期、殺害方法、日本兵の心理状況などこと細かな内容迄隠し通す機密保持の高さを誇り
当時オランダ領だったインドネシアにも開戦前から日本軍用の慰安婦を送り込むほど先見性があり
揚子江の川幅を2m以下にしたりするほどの高い土木技術を持ち
人口20万人の南京市で30万人を虐殺し、かつその死体を1台のトラックで2週間で片付けられるほどの行動力があり
日本兵の数を上回るほどの従軍慰安婦を一日に一人あたり何十人も暴行するほど体力と食料が有り余っていて
AVが無かった時代にも関わらず慰安婦に顔射するほど独創性に富み
韓国で文化施設はもちろん 一般家庭にある辞書から料理本に至るまで処分してまわるほど暇で
保護するために植民地ではなく「併合」したにも関わらず、韓国の運気を捻じ曲げるために、山の頂上に鉄杭やら真鍮杭を埋め込むほど風水に明るく
また韓国人の国際舞台での入場順を日本の後にするために国名自体をを「Corea」から「Korea」に変更させるほど細かく、
人間の脂肪から、航空燃料を作れるほど錬金術に長け
写真の影さえ消せる位の隠密行動に長け、
銃殺しても血が流れない銃を開発し
韓国の優れた建築施設・街・鉄道を全て接収することなく破壊し尽くした上、新たに日本のダメな建築物に建て替えるほど資材と資財と人材が有り余っていて
当時の朝鮮の人口のおよそ半数近くを日本へピストン輸送するほど燃料と船舶が豊富で
960万平方kmもの大地をもつ中国の3分の2を支配し
家々に火を放ちまくり 6年間で1万7000以上の村を焼き払うほどの行動力があり
250種類もの殺人方法を思いつくほどに残虐で
無駄に虐殺した5000万人もの民間人の死体を一カ所に集めてたっぷりとガソリンをまいて燃やすほど石油資源に余裕があり
中国の近代化を50年も遅らせるほどの徹底的な破壊を行い
わずか70万人の関東軍で戦闘の合間に20万人もの中国人慰安婦を満足させるほど絶倫で
広く険しい中国大陸を大軍勢で移動していたにも関わらず、各地区の兵士や民間人が逃げる暇も無い程のスピードで動き回るなど金メダル級の運動能力を誇り
山東省で広島+長崎の核2発分の犠牲者数を超える42万人を殺戮するほどの細菌兵器を保有し
田舎から都市部まで全ての街道を余す所無く隅々まで破壊し尽くし、さらに人気の無い山の奥深くでさえ草一本残さず毟り取る程の根気と几帳面さを兼ね揃え
11歳が戦場で暴れ回るほど若い内から逞しく、
14歳で731部隊に採用されるほど医学を習得し
15歳の少年に細菌戦部隊での軍務が務まるほどの教育水準を持っていて
さらに細菌兵器開発のため20万人を生体実験出来るほど医療設備が充実しており
1941年の大東亜戦争開戦時にダム一つ作るために延べ360万人を動員し 
9年間に83名もの犠牲者を出し
圧倒的科学力を誇る朝鮮の反日勢力になぜか圧勝するほど運がよく
中国での最初の慰安所「大一サロン」にはハイテクエアコンを完備させ
中国呼倫貝爾市の地下に60年も見つからない、広さが東京ドーム2.5個分の毒ガス実験室を作れるほどの優れた土木技術と豊富な資源、人材を保有し
それが建設後60年間誰一人として発見できないような隠蔽を行えるほどの科学技術を誇り
半世紀以上放置されても使用出来る毒ガスを作れるほどの科学力を誇り
金の掛かる化学兵器砲弾を200万発も生産して中国全土に埋め
終戦間際の補給線が断たれた時期にマニラで一日3000人を殺害する継戦能力を保持し続け
朝鮮人を殺しまくりながら人口を2倍にし、その上でもともと無い記憶を奪えるという摩訶不思議な技術を持ち
終戦後になぜか意味の無い強制連行を行いまくるほどの軍備と余裕があり
敗戦国でありながらGHQを手玉にとって朝鮮戦争を起こすようコントロールするほど政治力と外交能力に長ける
そんな大日本帝国が敗戦したことは、人類史上最大のミステリー

従軍慰安婦6
AV業界6

posted by 現実主義 at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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