2007年03月30日

平均勤続年数

光通信…2.95年
富士ソフトABC…6年4カ月


楽天…2.1年


日本トイザラス…6年
伊藤園…8.2年
ヤマダ電機…5年
レオパレス…3年9カ月
大塚商会…11年
イオン…13年
テレウェイブ…2.1年
アイフル…6年8カ月
アコム…11年6カ月
エイデン…10.2年
富士火災…11.9年
スギ薬局…3年1カ月
ニトリ…4.6年

posted by 現実主義 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・企業・学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月26日

組織の崩壊

 組織の崩壊は、突然始まる。だがそれは長い時間をかけて静かに準備されていたものなのだ。
組織が崩壊するときのお決まりのパターンは、まず、歴史を重ねるうちに官僚主義がはびこり新しい施策が出てこなくなる。
けれど、安定的な地位を得た、危機感のない上層部の最大の関心事は保身であることが多い。
彼らにとってタブーなのは変化。それが自身の立場をも危うくもするからだ。こうして、組織自体が環境の変化から取り残されていくのである。

 ここでいう「組織」が会社である場合は、当然、業績が悪化する。それを見てアタフタと外部からもちかけられた新規事業に過大な投資をして、ご丁寧にそれが失敗したりする。
これを受け、株価がみるみる下がり、やっと危機感を抱いた経営層が買収阻止のため小手先の資本提携にも走る。組織を生き延びさせることしか頭にはないのだ。
そんな中、成果主義を導入するとの名目で、経営陣と一般社員との所得格差が広がっていく。ここまでくれば、赤信号。
組織は活力と魅力を失い急速に崩壊へと向う。沈む船からねずみが逃げるように、問題意識を持った「出来る社員」から辞めていく。
残るのは、上司の顔色しか見ない者や、無気力な人ばかり。もう、誰も崩壊を止められない。

社員の流出が止まらない。経営者の立場からいえば、お荷物な人それでもよい。でも、出来る人には何としても残ってほしい。当たり前である。しかし実際には、出来る人からやめていく。
それはそうだろう、出来る人は、他の会社でも欲しいのである。
こうして、我が社はいまや人材の供給会社のようになってしまった。なぜだろう。会社に魅力がないのだろうか。
気付かぬうちに、社内に官僚主義がはびこってしまったのかもしれない。
人材こそが会社の命であると、言い続けてきた自分は何だったのか...。
posted by 現実主義 at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事・企業・学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月22日

医者になるのは勧めない

■日本の臨床医はいちばん割に合わない。
給料も低ければ感謝もされず、刑事責任までとらされ、離婚率も非常に高い。
まあ、偏差値で受験秀才が釣られて特攻隊に送り込まれているようなものだ。

■医学部は留年多いってね?
国家試験浪人も多い。
受かりそうにない学生は卒業させないところもあるとか。
6年間で医者になれるのは半分程度だそうです。
中退も多いとか。
再受験や多浪の人は、中退、留年、国試浪人になる率が高いとか。
また、現役で受かっても燃え尽き症候群で中退する学生もいるそうです。
偏差値が高いからとか金儲けがしたいからという理由で入学しても適正がないというか、医者に向いてない人、医学に興味がない人には膨大な学習量はキツイということでしょう。

■あんまり年食ってると研修医時代辛いらしい。
研修医はしごかれるの覚悟なんだろうけど 年下の奴に2年間も奴隷扱いされると思うと地獄だよな?
しかもスタッフドクターと看護士連中がグルだから一対多の構造。
年上でプライド高いとつい偉そうな口の利き方して生意気に思われるケースが多い。

>>昔はね。
今の研修制度は楽だよ
先輩みていても 週休2〜3程度はあるよw
そんでもって年収500〜600万は最低もらえる
あまりに暇だからバイトして数百万稼いでいる人も多いww

■ああ、公認会計士になればよかった。
も一回勉強しなおそうかな。

■【勤務医】
全国平均の年収は、
経験5年目:1190万円、経験10年目:1429万円、
経験15年目:1572万円、経験20年目:1713万円
となっています

>>それは、大学病院からはずれて将来開業医をめざすときのコース。
大学病院で偉くなりたい倍は収入はその5−6割くらいとみなすべし。
とくに研究で実績を上げたければ金を暇にかえるくらいでないと 教授を目指すことはできず、教授になれない人たちは安月給で一生を終える。
海外留学も実績で奨学金を得たとしても生活費は自費でなければならないしな。

■こんだけ報道されてても医学部の偏差値が下がったなんて話も聞かないし、想像を絶するおいしさがあるのは変わらないのだろ。

■ 時給ねww
@医師:13405円
A弁護士:10402円
Bパイロット:8226円
Cフジテレビジョン:7582円
D三菱商事:6389円
E電通:6215円
F大学教授:6196円

>>その時給はポケベルや携帯の待機を無視してるだけだろ。

■医者みたいに超安定してて超高給取りで世間からも羨望と尊敬の眼差しを向けられるおいしい職業、そう簡単になれるわけないじゃん
たとえ無理やりさがして入試難易度的に「ある大学の医学部<別のある大学の非医学部」の例をみつけたとしても 将来報われる可能性が高いのは医学部のほうだよ
医者が薄給激務だって?
僻みもいい加減にしないと。
なんでみんなが必死に就職活動してるかわかる?
なんでダブルスクールいってまで資格が欲しがってるかわかる?
なんでトイック頑張ったりしてるかわかる?
なんで彼女作るのに努力しなきゃいけないかわかる?
「 医 学 部 に 入 れ な か っ た か ら だ よ 」
医者になれば金も安定も名誉も女も何もかもついてくるんだよ!
どんなに他人から妬まれようとマスコミに叩かれようと!
まさにこの世に存在するのも信じがたい特権階級、医者!

>>まあ、15年前まではそうもいってられたがな。

■最近はアメリカでは医療訴訟が増えて、医師を希望する人が減っているとか?
日本の方が医師会に守られてるのか、まだ、食っていけるのでは?
ただ、患者、家族にいじめられるから欝になる。
これは生徒の親にいじめられる教師が欝になりやすいのと共通している。
欝になっても、医師を続けられる意思があるならいいとは思う。
(医師が鬱がちというのは、灯台の和田先生の本からの無断の引用です。)

■マジで、東大や京大の医局でも臨床医や研究医の道をすてて 企業に就職する人がジワジワ増えている。
大学病院で年収600万円の年収が一気に2000万超に。

■最近の勤務医の平均給与年棒1000万円ちょっと。
24時間365日勤務ですからねえ。
いつ呼ばれてもおかしくない。
おれなんか肩こりがひどいのでマッサージをお願いしたいのだが、その1時間さえ安心して確保することが出来ない。
こんな状況ですがねえ。

■医者が国に保護されているというのは必ずしも正しくない。
実際に自由診療の分野・国では医者の給料が非常に高い。
日本で言えば美容形成分野。
高額所得者に名前を連ねている。
産科も自由診療だが、今後医療費は高くなる。
東京の病院(聖路加だったっけ?)では出産費用90万円強(普通は30万円台)。

アメリカは自由診療の国。
医者の数も多いが収入も日本の何倍。
中には何億も稼いでいる医者もいる。
中国も自由診療の国。
一診療行為あたりの医療費は日本の十倍。
実際には国民が安価に医療を受けられるように保護されているといっても過言ではない。
多くの勤務医は自由診療になって医療崩壊してもらって構わないと思っている。

■医師の子供は可哀想だ。
なぜなら、医師は医者以外をまともな職としてみなしていない(人間が多い)からだ。
子供の能力・希望に関係なく、子供に医学部進学を強要する。
勤務医であろが、この事実は変わりない。
その結果、不登校などを引き起こすこともある。
「医学部はやめておけ」という医者の言葉は、自分の子供を美味しい職業に出来るだけ楽にならせるための言葉にほかならない。

■典型的な医者の王道といわれる俺のこれまでの歩み
旧帝医学部卒
   ↓
研修医3年(月収25万)
   ↓
大学院4年(授業料自前、バイト生活)
   ↓
一般公立病院2年(年収やっと900万)
   ↓
海外留学2年(年収350万)
   ↓
大学助手(年収600万)←いまココ

■それでもやっぱ王道コースに憧れると思うよ。
うちの親父が国立大の助教授しているけど、忙しくても給料が安くても、好きなことができてお金がもらえるから幸せだと言っている。

>>次は教授戦で身も心もボロボロになるんだよ。
オイラの叔父が生前、国立大学医学部教授選戦って嘆いていたよ。

■教授だった人や助教授だった人は、設備にお金をかけない。
かけないというよりもかけられない。
反対に民間病院から独立開業する人は、設備に金をかける人が多い。
それは独立開業を目指している人も含めて。
それが成功している人とするかどうかは価値観の問題だと思う。

■開業するにも医療機器がたかいから銀行の融資をうけられない。
精神科なんかは開業しやすいらしいが

■つーか勤務医が負けグミなのは、税金+社会保険料やらで3割〜5割近く召し上げられるから。
1000万だ1500万だとか言っても手取りはなぁ。

■医者になって損をしたこと。
人間の醜さ、特に兄弟・親子関係がでたらめでドロドロ過ぎる人が多すぎる。
この事実が医者になって10年も経たないうちにわかったこと。
まともな神経で接していたら、うつになって自殺したくなるよ。
自分の親のことを、面倒見切れないからどこか安いところにほりこんでくれ、、、
患者さんの息子や娘がこんな暴言はくんだよ。
それも、こんなのを、毎週のように聞くのだから。
自分がその兄弟だったら、ぶん殴っているところだよ。
まあ、その患者さんの性格に問題があるか、子育てを間違ったかどちらかなんだろうけどね。
こんなことを聞いても、いい療養方法を一緒に探さないといけないのがつらいね。

■自分は働きもしないのに、患者さん(老人)の年金を当てにしていたり、医療費を払うのがいやで、患者さんを自分の家族からはずして独居にして生活保護をもらうの。
こういう家族に限って、無理な延命治療を求めたり、裁判起こして金せびりにいくんだよな。
普段はめったに見舞いにも来ないのに、カネのにおいがしたときだけ、登場するんだよな。
こんな家族の方が結構おおいんよ。
ヤクザやチンピラなんて、この人たちに比べれば、かわいいよ。

■まあ、ドロドロした人間関係を経験したくなければ、医者はやめるのがいいね。
医者になってよかったことは、比較的簡単に年収1000万くらいにはなる。
ただ、年収で億は行く人少ないよね。
今のところ失業の心配はない。
これくらいかな。
でも、10年、15年後はまた違う流れになっているから、どういう流れになるのかを的確に読めないといけないのだけどね。

■医者って派遣のパートと同じ感覚だから 給与は普通だけど、基本的に退職金は安いよ。
公立・私立無造作に派遣になることが多いから、退職金の積算がない。
同じところに10年も勤めないから、年間もらえる額は平均すると25万くらいだよ。
おまけに、大学病院はひどいからな。
3月31日を雇用止めにして、契約をいったんきるんだよ。
この方法でほとんど退職金を払わないですむ。

■世間の発想は
『医者は儲けてるから、退職金なんか要らんやろ。学会費も仰山とったれ。福利厚生なんか要らんわな。』

■医者の実際の気持ちとしてはだなあ、
『こんな仕事、いつまでもやってられるかい。はよ金貯めてやめたる!! で、はよやめれるようにもっと給料よこせ!!』ということなんである。
覚えておくように。

■医者は休み無いよ。
医者になって、日曜祝日も普通に勤務が組まれていることを知り、驚いた。
世間の常識の通用しない世界だから、そこんとこ覚悟してないとやめたほうがいいよ。
もう半年間で3日間しか休んでないよ。
とほほ・・・
しかも元日1日と学会出張。病院の屋上でテント生活しようかと思う今日このごろ。

医学部教授・医師の娘の進路

posted by 現実主義 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 仕事・企業・学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月17日

タミフル

・単に薬価が高いから医者が処方するだけ。
新他に開業した医者が銀行から金借りると、銀行員が調査に来て、
「もっと薬価の高い薬使ってくれなきゃ困ります」って言われるらしい。
医者になった先輩の話。
こういうのがなくならない限り、このような状態は続くよ。
役人のほとんどは責任転嫁と天下りの今年か考えてないんだから。

・タミフル日本が一番先に保険適用にしたらしく
総出荷量の3/4が日本で輸入されてる
当然処方されているのも世界ではほとんど日本人だけ

・実は私の兄弟もインフルエンザにかかった際、タミフル服用後に容体が急変して「苦しい、苦しい、死ぬっ」って言ってました。
その時は母親がついてたので良かったですが…。
飛び降りたり、ひかれたりして亡くなるというのは、服用後にあまりの苦しさに耐え兼ねて体が免疫反応を示す、もしくは解放するように導かれるんではないかなと思ったりしました。
まぁ直にタミフルの恐さを知ってしまった自分は飲めないですね…

・昨日までインフルエンザで40度の高熱を出してて
医者から処方されたタミフルを飲んでたんだが
体がしんどくてトイレに行くのがやっとだったぞ
とてもマンションの屋上になんか行けん
そんな事より、明日、会社に行ったらどれだけ仕事が溜まっているか
それを考えると死にたくなるよ
心身ともにオヤジになった証拠か?

・今日、実家の父親(75歳)がインフルエンザに掛かって医者からタミフルを処方された

タミフルを飲んだ後に突然、風呂を洗ったり庭に砂を撒いたりしたそうだ
母親が病院に電話で連絡したが担当医は帰宅した後で
取り敢えずタミフルの服用は中止して明日もう一度病院に来てくれということを言われた
以後母親が付きっ切りでなだめすかしている

普通は38度の熱を出してる老人が風呂の掃除しないよな、非常に心配なのだが・・・

・テレビでインタビューしてたけど
めちゃくちゃ暴れて両親二人がかりで抑えるくらいだったのに
本人は覚えていなくて
「黒くて気持悪い夢をみていたような気がする」
みたいに言ってました
窓から飛んじゃった子達は
どんな夢を見ちゃったんだろうね

posted by 現実主義 at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月16日

元慰安婦の悲痛な叫び

☆【マニラ/フィリピン 15日 AFP】
1943年、当時14歳だったVirginia Villarmaさん(78)は若さと純潔を奪われた。
その時の出来事を思い出すたびに、深いしわが刻まれた顔が涙で泣き濡れるという。
Villarmaさんは 食べ物を手に入れるためマニラ郊外の通りを歩いていた時、突然、日本兵の集団に襲われた。
動物のようにジープの後座席に投げ入れられると、港にある兵舎の一室へ連れて行かれ、そこで服をはぎ取られ 3、4人の兵士に繰り返しレイプされたという。
Villarmaさんが悲鳴を上げ相手を殴って抵抗すると、失神するまで殴られたり蹴られたりした。
「静まりかえった部屋の中で意識が戻ったとき、体中に激しい痛身を感じました。
その痛みはその後も消えず、今も残っています。
その日から3か月間、朝から夜まで毎日虐待され続けました。あれは私の一生で一番長い3か月でした」

VillarmaさんはAFPの取材に応じて、ピンクのハンカチを指に巻きながら静かな声で語った。
「それが地獄の始まりでした。
当時何が起きたのか、そしてなぜ私たちが日本政府に過去の過ちについての正式な謝罪を求めているのかを、大勢の人に知ってもらいたいんです」
取材中に時折、言葉に詰まると金縁の眼鏡をはずし、目にあふれる涙をぬぐった。
3か月後、連合軍の爆撃のおかげで、Villarmaさんはやっとのことで兵舎から逃げ出すことができた。
だが、彼女の人生はその出来事を境に一変した。

その後Villarmaさんは結婚したが、数年後にVillarmaさんが日本兵の慰安婦にされていたことを知った夫は、彼女と5人の子どもを置き去りにして去っていった。
第ニ次世界大戦時の従軍慰安婦問題で、安倍首相は今月、「旧日本軍が従軍慰安婦への強制性を裏付ける証言はない」と発言。
これを受けて、忘れ去られていた従軍慰安婦の問題が再び注目される形となり、元慰安婦だった大勢の女性が抗議の声を上げた。
そのほとんどはアジア圏の女性だ。
大半は慰安婦だったことが理由で一度も結婚できずにいる。
中には社会から隔絶した生活を送っている女性、虐待により子どもの生めない体になった女性などもいる。
日本政府は戦時中に起きたこの出来事を無視しようとしているが、Villarmaさんのように慰安婦として虐待された女性たちは、決してそうはさせないと決意しているという。

アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)がまとめた報告書によると、戦時中、強制的に慰安婦にされた女性は インドネシアから中国まで多数の国で計約20万人に達する。
その中で一番若い女性は当時12歳だった。

第2次大戦後、日本の戦争犯罪を起訴するために設置された
極東国際軍事裁判所(International Military Tribunal for the Far East)の法廷では従軍慰安婦問題は無視された。

http://www.afpbb.com/articles/-/2195378

■レイプであって慰安婦じゃないじゃん。

■日本軍にジープがあったことに驚いているwww

■「ジープに乗った日本兵」という時点で変だろ

■日本兵がジープなんて乗ってたのか…初耳だ

■ジープで連れ去るのは米兵の特技 
日本の女が数限りなくやられた
だいたい、当時の日本兵が気軽に乗りまわせるほどのジープがあったかどうか?
この婆さん かなりボケが進んでるんじゃないの

■日本人がジープ・・・・ねぇ・・・・そんな近代的な乗り物使ってたら
き っ と 日 本 は 戦 争 に勝 っ て い た 
んだろうねぇ・・・。

■ >戦時中、強制的に慰安婦にされた女性はインドネシアから中国まで多数の国で計約20万人に達する。

おかしくね?
いくら奴隷として連れてこられたとしても 飯も寝床も必要なんだぞ
20万人の水食料どうやって供給するんだよ
それにそれを運ぶのに大規模な輸送部隊が必要だし
規模が規模だから襲撃される可能性も大きくなるし 燃料だって無駄になる
現代で20万人をピストン輸送すると仮定して、さらに食料も持っていくって・・・・・
戦争で重要なのは兵の食料だったりするから、明らかに変

■極東軍事裁判所で従軍慰安婦問題が挙がらなかった理由がなぜか判らないのだろうか?
戦勝国としては日本を徹底的に悪者に仕立て上げたかったはずなのに それを見過ごすのはおかしいと思わないのか?

■ジープという点については・・・
一部上官が車両に乗っていた。
いや、一般兵も、アメリカ軍の車両を奪って乗り回していたと言う可能性もある。
しかし、慰安婦は売春婦以外を連れてきたら死罪になっていたし そのことは、最近貼られているソースでもわかるように 東京裁判ではっきりしているはずだ。

■あのね・・・・当時の日本兵ってほとんど車の運転できないんだよ・・・・・

■輸送としてトラックがあったけど、人の運搬では殆ど使わず(数が無いので使えず)物資運搬用。
ジープ自体、1941年にアメリカで作られてフィリピンに持ち込まれたのを 日本軍が奪って持ち帰り、自国で作ってみて、試し品が完成したのが1944年。
しかも、実戦に使われた記録は無いそうだ。
当時は車を作るのは無理だよ。
飛行機も資源不足であまり作れなかったんだから。

■日本軍が20万人もの女を連れ回していたら たくさんの子供がアジア各地に残っているだろうにおかしな話じゃないかい?
ふつうは「パパどこっ?」とか「僕を置いてお国に帰っちゃった・・・」というこどもが名乗り出るとおもうんだよなあ・・・・

■日本に末端の兵士がジープを乗り回すぐれーガソリンに余裕がある訳ねーべ。
こりゃ米兵のイメージとゴッチャゴチャだわw

■ >3か月後、連合軍の爆撃のおかげで、Villarmaさんはやっとのことで兵舎から逃げ出すことができた。

1943年から1944年3月までの間に、米軍がフェリピンを空爆した記録が無い件

>>連合国軍が帰ってきてマニラを爆撃するのは 1 9 4 4 年 9 月 2 2 日 、しかも艦載機によるもので 部隊はまだ。

>>左翼の奴が「フィリピンに行った時、アメリカ人のバーさんから日本人に虐げられた話を聞いて、何て当時は愚かだったか理解した」なんて語ってたけど、植民地にしてフィリピンを搾取し虐げてたのはアメリカ人なのにねぇ
左翼の奴は単純な思考なんだと理解したよ

■昔だったら、可哀そうと同情心が湧いたが、今は花をほじるだけ。

■ようするにこの婆さんは米軍のジープしか見たこと無くて、どこの国でも装備してると思い込んでたんだね〜
浅はかだね〜

■そのうち太閤秀吉も朝鮮征伐の折、ジープでレイプ行脚してたって証言が出てきそうだな

■女狩りに車使えるんなら、そもそも「バターン死の行進」なんてありえないよな。

■20万人しかもレイプねぇ…。
それなら当然日本人との混血児が大勢いるはずですよねぇ?
韓国が派兵したベトナムでは大量の混血児が出たもんね。
で、慰安婦ばかり出てくるけど 何処にいるの混血児は?

■当時の日本で車両の運転が出来るのは特技兵。
特技兵は、めったに居なかった。
あのさ、今の時代と同じ感覚で車がつかえてると思っていたら痛すぎるぞ。

>>ああ、それはあるね。
俺の爺さんは、村の偉い人の進めで車の運転免許を収得したらしいが、徴兵されたらいきなり高待遇で輸送部隊に配属されたそうな。

■そこまで虐待・レイプされた人間が トラウマにもならず5人も子ども作ってるところが凄いと思った

posted by 現実主義 at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。